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MS型人事評価制度
人事評価制度の大枠は、楠田丘氏が開発された「能力主義人事評価制度」で定められました。この能力主義については、能力の向上が必ずしも成果の向上に結びつかないという問題がありました。
そのため、経営目標の達成に直結するバランスト・スコアカード型人事評価制度、成果が上がる行動特性を水平展開(教育)するコンピテンシー型人事評価制度が開発されました。一方で、年功重視の年功型人事制度への回帰現象も発生しました。いずれの人事制度にも共通していたことは、「評価」と「処遇」の最適解を求めていたことでした。
弊社は、何らかの「評価」は必要であると考えています。そして、評価結果は「処遇」に反映される必要があると考えてきました。問題は、どのような「評価」「処遇」が最適であるかということです。最適というのは、効果が高い、公平である、納得性が高いという意味です。
MS型(湊屋総研型)人事評価制度とは、年功主義、能力主義、成果主義人事評価制度の優れた点を総合して開発した、「会社目標の達成に直結する社員を成長させる仕組み」です。以下では、当社のMS人事評価制度について極く簡単にご紹介させていただきます。
1.人事評価制度とは何か
(1)人事評価制度
人事評価制度の目的は、会社の成長と発展です。
会社が成長・発展するために「仕事の仕方」を(改善し)明確にすることが必要です。
つまり、まず、「成果のあがる仕事の仕方」を明確にしなければならないのです。
これをやらずに人事評価制度をつくると、経営者や管理者がどんなに努力しても、
①社員の仕事の成果
②社員のスキルアップ
③社員のモチベーションアップ
は望めません。なぜなら、成果の上がらない仕事の仕方を社員に押し付けているだけからです。成果の上がる仕事の仕方を明確に示すものが「人事評価シート」です。
成果のあがる仕事の仕方がわかったら、それを社員の皆様に実践していただかねばなりません。
ここで用いられるのが、人事評価制度でいう
④評価、フィードバック、目標面接
⑤教育訓練
⑥処遇(昇進昇格、昇給、賞与)
です。ところが、上司評価と本人評価が食い違っていて評価結果を部下に納得させられない。そのためフィードバックがうまくいかず、次期目標が立てられないことが多々あります。
一方、人事評価制度による教育訓練とは、どのように行うかを指導できていないコンサルタント、処遇に結び付けることが難しいという会社、このように、構築方法・運用方法が誤っていて、機能しない人事評価制度が日本中に溢れています。
人事評価制度を構築し、あるいは見直しするときには、上記の①~⑥ができるということは、どのようなことであるかを真剣に問い直す必要があります。少なくとも、テンプレートにある評価項目と評価基準を継ぎはぎして出来るようなものではないのです。
(2)経営と人事評価
人事評価が、経営のシステムである以上、経営戦略の実現に関わるものであることは明らかです。いま経営戦略上の「売上高」が設定されたとします。製造業ならば、その売上高に等しい製造が行われなければなりません。小売業ならば、その売上高に対応する「仕入高」が必要になります。これらは、通常、経営計画(中期経営計画)で計画され、実行されます。
このとき、「売上高」が計画通りに達成されるように、目標管理や人事評価制度が用いられます。したがって、人事評価制度で管理しているセールスマンの「売上額の総和」は、経営計画の「売上高」と一致しなければなりません。工場内で働く技術者個人の生産額は、合計すると経営計画上の生産総額に一致しなければなりません。
会社は、経営計画を立てることが目的ではありません。人事評価制度を運用することが目的でもありません。「経営」を行うのが目的です。経営は、結局は「世のため、人のため」に行われるもので、会社の中の誰かの個人的な利益のためだけに行われるものではありません。
人事評価制度は、その経営目標が達成されるようにすることを支援するシステムです。そのために評価し、指導し、成果あげることを任務としています。
その関係を示したものが図1です。管理しているものは、この図でいえば、経営計画で設定された「毎日の業務」です。
図1 経営計画と人事評価制度
2.人事評価制度の構築
(1)人事評価制度の構築
人事評価制度を作るとは、最低限決めることは次の3つです。
①階層・職種検討表
②階層別職種別人事評価シート
③人事評価制度運用手続き(人事評価運用マニュアル)。
この3つを決めると、人事評価制度は運用できます。
階層・職種検討表とは、社内に、どのような職種(事務、営業、施工など)と階層(一般職、監督職、管理職など)を一覧表にまとめたもので、人事評価制度を構築し、運用する場合の出発点となります。
いま、会社の職種が事務、営業、施工の3種類で、階層が一般職、監督職の2階層であるならば、職種(3)×階層(2)= 6 種類の人事評価シートが必要だということになります。つまり、これによって、人事評価制度構築の作業量が決定されます。たとえば、職種が7で階層が9の場合、63種類の人事評価シートを作成しなければならないのです。普通の中堅中小企業で63種類もの人事評価シートを作成し、運用し、維持(メンテナンス)出来るでしょうか? 無理です。できるわけがありません。
仮に、職種が7であっても、階層が2であれば、14種類の人事評価シートでよいということになります。人事評価制度を構築し、運用するときには、最初に、このことを検討しておくことが大切です。
ポイントは、会社の実態に合わせて作成するということです。とくに階層が問題です。中小企業の場合は2階層(一般職、監督職)で十分な場合もありますし、会社によっては1階層(一般職)という場合もあります。階層を無理に増やさないことが大切です。
(2)人事評価シートの作成
人事評価シートをつくるためには次の3つを決めなければならりません。
① 評価要素(定義、着眼点)
② 評価基準
③ ウェイト
「評価要素」とは「何を評価するか」ということです。その内容を示したものが評価要素の「定義」であり、「何を見て評価するか」を示したものが「着眼点」です。
「評価基準」とは、各評価要素がどの程度できているかを示すもので、通常は1点~5点で評価されます。
「ウェイト」とは、人事評価シートに書かれた評価項目の重要性を示すものです。人事評価シートに書かれた評価項目は、すべて重要なものですが、重要さの程度が異なることが普通です。その重要さを表すものがウェイトです。
この他に、必要に応じて、「人事評価結果フィードバック・シート」「人事評価訓練シート」を作成することがありますが、ここでは説明を割愛します。
3.評価要素(評価項目)
(1) 評価要素を決定する手段
人事評価シートをつくるとき、まず、「評価要素」を抽出しなければなりません。抽出の仕方は、いくつかの方法があります。次の4つの方法のうち、①職能要件書はお勧めいたしません。②~③はどれをお使いになっても成果はあがります。
①職能要件書
職種・階層ごとに、いまやっている仕事を分析して、いわゆるTaskを抽出します。そして、Taskの中で重要なものを、「評価要素」とする方法です。
能力主義人事評価制度では、この方法が取られてきました。しかし、この方法はダメです。その理由はいくつもありますが、そのいくつかをあげると、次のようなものがあります。
①職能要件書を作成する作業が膨大で、多くの会社が、この段階で人事表制度作成を断念してしまった。
②職能要件書は業務の内容が変化すると、書き換えなければならないが、メンテナンスが追い着かない。
③人事部を含めて、誰も職能要件書を参考とすることがない(読んでもいない)。
④職能要件書を用いた人事評価制度では、人事制度はできても、成果をあげることができない。
②中期経営計画
中期経営計画のアクション・プランから、重要なものを、「評価要素」として抽出する方法です。ある卸売業者から売上アップのコンサルティングの依頼を受けたことがありました。セールスマンに同行営業をおこなったところ、「商品説明」ができないということがわかりました。このとき、この会社のセールスマンに売らせることは無理と考えられました。そこで、営業の方法を変えて、中期経営計画を策定し、その中で定まった活動を人事評価制度の評価項目としたのです。
この会社は、もともと、年商3..2億円。つまり月商約2500万円でしたが、人事表制度構築中から成果が上がり始め、3か月後には月商4800万円を達成し、売上が倍増したのです。
当社が人事評価制度で成果をあげたのは、その後も、このパターンを用いたからです。つまり、「1.人事評価制度とは何か (1)人事評価制度」で書いたように、「成果のあがる仕事の仕方」を明確にしたわけです。
問題点としては、①中期経営計画を策定できること。②成果のあがる販売(製造)方法を構築できることです。これが出来なければ、成果のあがる人事評価はつくることはできません。
③戦略マップ
戦略マップはバランスト・スコアカードの手法です。中期経営計画よれも簡単で、活動項目も人事昇華制度に適用するのに適しています。「わかりやすい」のがウリで、戦略を人事評価シートに落とし込む場合によく使われています。戦略マップも「成果のあがる仕事の仕方」を明確にすることができますので、中期経営計画を用いる場合と同様の成果が得られます。
④コンピテンシー分析
コンピテンシーの特徴は、高い業績をあげている社員の行動特性に学ぶということです。高い業績を上げている人をモデルとして選び、そのモデルがどんな行動をとつているか分析します。
コンピテンシーとして抽出されるのは、成果に結びつく、顕在化された能力です。分析にあたっては、「成果」よりも、成果に結びつく「行動」や「プロセス」が重視されます。このことから、能力主義人事評価制度の欠点が是正されると期待されています。
(2)人事評価要素の種類
成果を出せない社員に、ただ闇雲に成果を上げろと言っても成果はあがりません。管理者の仕事は、目標を示し行動を促すことです。ところが、成果は結果です。では、どういうものが目標なのでしょうか? その目標を示したものが人事評価シートなのです。この中には、
①実現して欲しい成果(期待成果)
②その成果を上げるための重要業務(重要業務)
③その重要業務を実施するために必要な知識・技能(知識・技能)
④その重要業務を遂行するために必要な勤務態度([情意]とも呼ばれます)
が示されています。目標というのは、期待成果だけでなく、これを達成する方法(重要業務、知識・技能、勤務態度)を含むものです。昔から、目標管理はそのようにして運用されてきました。成果主義であるバランスト・スコアカードも、そのような仕組みになっています。成果主義だからといって、結果の数値だけを与えているわけではないのです。
(3)評価要素の連鎖
評価要素の中で、最初に設定するものは「成果目標」です。これは、経営計画から降りてきます。
「成果目標」は職種によって異なります。いま何らかの「成果目標」が決まったとします。
それを、簡単化のために営業を例にとり「売上高」としておきます。
そうすると、次に、どのように顧客に働きかければ成果(売上高)が達成されるのかを検討して、成果目標を達成するための「重要業務」が選び出されます。それを、簡単化のために「訪問件数」と「受注確率」としておきます。
重要業務を達成するためには卓越した知識・技能が必要です。たとえば、訪問件数を増やすために「スケジューリング」と「顧客情報」という知識、受注確率を高めるために「ロールプレイイング」と「提案書」という技能が必要だとされたとします。
最後に、訪問件数や受注確率を達成するために、どんな態度で臨めばよいかを検討します。訪問件数を達成するためには「粘り強さ」「積極性」、受注確率を高めるためには「明朗性」「緻密さ」が必要だと決定されたとします。
そうすると、これをまとめると、図2のようになります。これが、人事評価シートの基本構造を表しています。
図2 評価項目の相互関係
この図では、矢印の左側が十分条件で右側が必要条件です。つまり、売上高を確保するには何が必要かという観点から検討したものです(左→右)。本当に、これでよいかを検討するためには、矢印の右側が成立したとき、矢印の左側が成立するかどうか確認しなければなりません(左←右)。
いま、目標とする売上が上がっていなかったとします。そうすると、営業会議で「馬鹿者!」と叱るのが普通です。しかし、叱ったところで成果はあがりません。
人事評価では、目標売上があがっていなかったとき、訪問件数が不足していたのか、受注確率が低かったのかを見ることになります。そして、受注確率が低いことが判明したならば、提案書の書き方がまずいのか、商談の仕方がまずいのかを検討します。ここで、商談の仕方がまずいということがわかったならば、部長は、叱るよりも、ロールプレイイングにより商談が有効商談になるように指導することになります。
そうすれば、次月から、単に叱るよりも成果が上がるはずです。そして、これが人事評価制度で成果があがる1つの理由なのです。
人事評価の要素というのは、このように達成できない理由に降りて行って、そこを指導できるように作らねばならないのです。もし、これができなければ、人事評価の意味はありません。指導(教育)もできないし、成果もあげられないからです。
(4)パフォーマンス・ドライバー(成果誘因)
評価指標を選択するとき、結果指標ではなく、結果をもたらすパフォーマンス・ドライバーを成果指標にとると有効です。
たとえば、品質の成果指標として「歩留率」を取ったとします。ところが、「歩留率」を、どんなに測定したところで、「歩留率」自体は向上しないのです。
他方で、歩留率の向上をもたらす、成果誘因(パフォーマンス・ドライバー)があり、それは会社ごとに異なりますが、通常は、作業手順の改善であったり、作業方法の訓練であったり、機械・材料の変更がそれにあたります。この場合、作業手順の改善の程度、作業方法の訓練進捗、機械・材料の変更計画の進展が高まると、歩留率が向上します。
単に事後的な結果のみを追求するのではなく、その結果に至るまでのプロセスを見るためにパフォーマンス・ドライバーという「先行指標」を把握することで、業務活動そのものをも管理の対象にすることができます。
ある業務を遂行するときには、「その結果をどのモノサシで測るか」ということよりも、「どのようにその業務を行えばよいかというモノサシ」の方が役にに立つのです。
4.評価基準
次に、評価基準をつくります。評価基準の作り方は、成果指標、重要業務、知識・技能、情意(執務態度)によって異なります。
(1) 成果指標
①成果の分布
評価結果は、社員が10人であれば、5点1人、4点2人、3点4人、2点2人、1点1人になるように作ります。なぜならば、人の能力は次図のように正規分布しているので、仕事の成果も正規分布していると考えられているからです。5点・4点が1人もいない評価シートは厳しすぎ、1点・2点が1人もいない評価シートは甘すぎの可能性があります。
図3 評価の分布
いま、会社で売上高が最高の人の売上が1000万円ならば1000万円が5点です。最低の人が200万円ならば、その人が1点です。そうして、1000万円と200万の中間である600万円の人が3点、600万円と200万円の中間である400万円の人が2点、600万円と1000万円の中間である800万円の人が4点と大雑把に仮設定しておいて、5点1人、4点2人、3点4人、2点2人、1点1人になるように調整します。
② 成果の評価基準は現在の数値をもとにつくる
このとき、この数字は低すぎるという理由で、たとえば2000万円を5点にしたらどうなるでしょうか?
1000万円より高い数字の人は誰もいませんから、2000万円を売り上げる方法を誰も教えることができません。ここが重要なのです。
いまの目標が低すぎるという理由で、目標だけを高くしても、成果は上がらないのです。もし、成果をあげようと思うならば、2000万円売り上げられる仕事の仕組みを、まず、作らねばならないのです。
(2) 重要業務
重要業務の評価基準は次のようにします。
1点:やっていなかった
2点:やったり、やらなかったりしていた
3点:常に、やっていたが、やり方が十分ではなかった
4点:常に、十分な内容でやっており、成果が高かった
5点:成果が高く、より優れた方法を開発した
「これ簡単すぎない?」という方もおられると思います。簡単だから良いというわけではありません。1点、2点…5点の差が明確なものが良い基準です。
つまり、成果が上がらないのは、重要業務をやっていないからです。したがって1点。常にやっていたら、一定の成果が上がるので3点です。その間が2点になります。それは、やったり、やらなかったりしているから3点ほどの成果はあがっていなかったということです。4点・5点は、出来ることは当然で、成果や改善というレベルになります。大切なことは、業務遂行度の差異を明確に表すことです。
注意しなければならないのは、評価シートに書かれた手順を使わずに成果を上げている人が時々いるということです。その手順は、評価シートに、いま示されているやり方よりも優れているかもしれません。その場合は、その優れたやり方を評価シートの中に取り込むようにします。このことは、人事評価制度の改善につながるもので、非常に価値の高いものです。だから、5点なのです。
(3) 技能・知識、執務態度
基本的には、重要業務と同じです。表現の仕方が少し変わります。本稿では割愛いたします。
5.人事評価制度の運用準備
(1)人事評価シートの検証
以上で人事評価シートが完成しました。では、すぐに評価につかえるかというと、そうではありません。出来上がった人事評価シートが、「本当に」使えるかどうか不安です。そこで、
①「本当に、これで、評価できるのだろうか」。
②「社員は納得するだろうか」。
を「経営者の目線」「社員の目線」で、確認する必要があります。これを人事評価シートの検証といいます。検証には、妥当性確認、適切性確認、有効性確認の3つがあります。
社長が「本当に、これでよいのかな」と疑問をお持ちになったときは、この段階で評価シートを見直す必要があります。なぜならば、社長が、「この評価シートはやはり使えない」と判断されますと、その評価シートは1年もしないうちにお蔵入りとなるからです。
「専門家(コンサルタント)が、これでいいというから、いいのだろう」などとお考えになってはダメです。人事評価シートの検証は、今後の人事評価制度の運命を決定しますので、必ず実施してください。
「でも、コンサルタントが検証なんていわなかった」「検証の方法を聞いても、コンサルタントが知らなかった」という場合もあると思います。ハッキリ言って、そんなコンサルタントは避けた方が無難です。
①評価シートの妥当性
①全社員を職種・階層ごとに相対評価し、評価の高い順に並べる。これを「相対評価」といいます。
②全社員を評価シートを用いて評価し、評価の高い順に並べる。これを「絶対評価」といいます。
③相対評価と絶対評価を比較する。
④両者が同じ内容ならば、利用可能性はOKです。
⑤もし、食い違っていれば、評価要素、評価基準、ウェイトを修正します。
⑥両社が一致するまで②~⑤を繰り返します。
図4 評価シートの妥当性
② 評価シートの適切性
○ いま、一般職に在級している社員が10人いるとする。
① 絶対評価による評価結果(評価合計点)の度数分布表を作成する。
② 次表のCase1のような分布になっていればOK
③ Case2、Case3のようになっていれば評価シートを修正する。
表1 絶対評価の度数分布
③ 評価シートの有効性
普通は、絶対評価の結果は、Case Aのようになります。すなわち、一生懸命に努力して(執務態度5点)、知識・技能を習得して(知識・技能5点)、それでも現場では完全には出来なくて(重要業務4点)、成果は普通(成果目標3点)となるのが普通なのです。極端な場合はCase Bのようになります。この場合は問題ありません。
しかし、Case Cのようになるのは間違っています。なぜなら、努力している以上に成果があがっているからです。この場合、重要業務と設定していた評価項目が、実は重要業務ではなかったという可能性があります。
同様に、Case Dでは、知識・技能が誤っていそうです。Case C やCase Dが頻繁に発生するようならば人事評価シートの見直しが必要です。
表2 絶対評価の有効性
(2)評価決定会議
人事評価シートの検証により、評価シートが本当に使えるということがわかったとします。では、評価できるかというと、まだ、無理です。というのは、評価する管理者の評価技能、評価の心構えが出来ていないからです。
多くの場合、この段階で「評価者訓練」を行い、評価技能、評価の心構えを習得しようとするのですが、通常の評価者訓練は、この目的のために全くと言ってよいほど効果がありません。
それは、評価者訓練を受けた人にお尋ねになればわかると思います。「評価者訓練を受講して、評価ができるようになりましたか?」と。ほとんどの人が、「評価できるとは思えない」と、お答えになるはずです。
評価者訓練でいう、ハロー効果、論理的錯誤、酷評化傾向、寛大化傾向を修正することは、公平な評価を行う上で大切なことです。しかし、それだけでは評価できるようにはなりません。
なぜならば、第1に、まだ評価制度のルールを評価者全員で共有していないからです。評価者が自分勝手なルールで評価するのは人事評価とはいいません。
あるタクシー会社で、仕事中に山火事を発見し、消防署に連絡し、署長から表彰を受けた社員がいらっしゃいました。評価決定会議でそのことが話題となりました。
課長A「C君が、山火事で、表彰を受けたのは評価しないのですか?」
副社長「会社の名誉だから、評価してあげたいねぇ」
課長B「しかし、あれは、今回の評価期間の中に入っていないのでは…」
部 長「それに、社長賞として金一封を渡してあります」
副社長「そうかぁ。よし、山火事の件は、今回の評価には入れないことにする」
このようにして、社員1人ひとりを評価しながら、ルールを共有化していくのです。
第2の理由は、「評価結果に対する部下に納得を高める」ことにあります。上司が1人で評価するよりも、経営陣と管理者全員で評価する方が客観性が高まるからです。上司としても「みんなで渡れば怖くない」という心理が働き、フィードバック面接に対して安心感が生まれます。とくに、人事評価の初めて導入するとき、厳しい評価を告げるときには効果的です。
ですから、評価決定会議も必ず行ってください。ここでも、「でも、コンサルタントがそんなことはいわなかった」「評価決定会議のことを聞いても、コンサルタントが評価者訓練をやるから心配ないといった」という場合もあると思います。そういうお話を聞くと、ひどく心配になります。
(3)人事評価制度運用マニュアル
人事評価制度の評価シートが完成したならば、その運用方法をまとめたマニユアルを作成します。当初の狙い通り運用して行くためには、この人事評価制度を管理者を始めとした社員に正しく理解してもらい、正しく運用してもらう必要があるからです。
人事評価制度運用マニュアルでは、
①「評価結果と処遇」
②「評価手続き」
が評価制度運用上きわめて重要なテーマですので、十分議論を尽くして作成してください。
6.人事評価制度の運用
(1)評価シートによる教育
人事評価制度の運用の仕方が決まったならば、人事評価制度の運用に入ります。運用段階で重要なことは、評価から始めるのではなく、教育訓練から始めるということです。
人事評価シートには、成果のあがる仕事の仕方が書いてあります。この仕事の仕方を社員に教育するのです。ここで大切なことは、人事評価シートを用いて教育するとは、「何を、どのようにするのか」ということです。
人事評価制度は「社員を成長させる仕組み」だというコンサルタントは多いというか、ほとんどです。ところが、「社員を成長させる仕組み」が飛んでもないものであることが多いのです。
試しに「人事評価制度で、教育するということは、どういうことですか?」とコンサルタントさんに聞いてみてください。簡単で納得できる答えが返ってくれば、そのコンサルタントさんは大丈夫です。
ところが「人事評価の目標を達成するために目標管理のシステムを作りましょう」「個人別の目標達成が目的ですから、目標管理の教育をしましょう」などというコンサルタントさんがいます。
こうなると、人事評価制度も人事評価シートも、理解していないのではないかと思えてくるのです。なぜならば、人事評価制度自体が目標管理なのです。評価シートが出来ているのに、個人別の目標を立てるというのは、人事評価シートを無視し、人事評価制度を破壊するに等しい行為だからです。
これまで、何人ものコンサルタントさんとディスカッションしてきましたが、「人事評価を用いて教育することが、どういうことであるか」を説明できる人は皆無でした(私たちが出会った人たちが、たまたま、そうであったのだと思います。キチンとやっているコンサルタントもいらっしゃるはずです)。
驚くべきことでした。人事評価は「社員を成長させる仕組み」といいながら、成長せる仕組みをお持ちではないのです。こうなると、「人事評価を用いて教育することが、どういうことであるか」は社内で決定するしかありません。社内で真剣に検討し、教育効果の高い人事評価制度を作ってください。
(2)評価
さて、教育訓練が効果を持ち始めたならば、評価できる状態になったと言えます。そこで、人事評価を開始します。評価には、本人評価と上司評価があります。この両者は必ず一致しなければなりません。これが一致しないならば、その人事評価制度は、その時点で「失敗」です。
なぜならば、納得できない上司の評価に部下は反発し、上司はなだめるのに精いっぱいで、次期の目標を設定し、指導するなど、夢のまた夢になってしまうからです。
部下は「自分は一生懸命に頑張っている」「自分は4点だ」と思っている。それを上司は2点と評価した。これでも部下は上司を信頼して、その指導に従うでしょうか? こんな人事評価制度を作ったら、会社の良い雰囲気を破壊するだけではないでしょうか?
では、上司が部下におもねって4点とすればよいのでしょうか? そうではありません。実力もあり、経験も豊富な上司が真剣に評価して2点なのですから、2点が正解なのです。
しかし、この時点で2点だということが納得できなければ、実は、教育は始まらないのです。部下の教育ができないようなものは人事評価制度とは呼べません。なぜなら、今が2点だから、来期は3点を目指すことになるのです。そして、上司は2点から3点に上げるために指導を行うことができるのです。
本人評価と上司評価は別の人間がやるのだから、一致するはずがないという方もおられると思います。「そんなことあるわけがない!」という方がほとんどかもしれません。しかし、それでは、人事評価制度になりません。実は、多くの人事評価制度が、この段階で失敗しています。
本人評価と上司評価はまともな人事評価を行えば一致します。一致しないのは評価制度の運用の仕方を誤っておられるからです。当社がコンサルティングを行えば、これは、必ず一致します。当社は、そのようなニセ評価制度は作っておりません。
(3)処遇
人事に関する諸制度は、大きく分けると賃金制度、.昇進昇格制度、教育{制度そして人事評価制度の4つに分けられます。人事評価制度は、他の3つ制度を運営するためのベースになるものです。
図5 人事評価制度と諸制度のインターフェイス
昇進昇格制度、教育制度については、会社ごとに事情が異なりますので、ここでは書きませんが、重要なことですので、十分に検討して策定してください。
中堅・中小企業では、ベースとなる人事評価制度と、他制度とのインターフェイス(接続)の部分について検討を行い、賃金制度や昇進昇格制度や教育制度については、既存の制度をできるだけ生かしながら進めていくのがよいと思います。
この中で、どこの会社でも問題になるのは賃金制度です。当社でも、もう何百社もの賃金制度を構築してきました。会社の都合や規模や業種によって賃金制度の内容は異なります。
しかし、どの会社にも共通する課題は、「総賃金原始(賃金総額)をいくらにするか」ということでした。これについては、ラッカープラン(またはスキャロンプラン)を参考にしてください。
たとえば、ラッカープランに従うと、総賃金原始は、粗利益(付加価値)×労働分配率(40%±2%)になります。なぜならば、総賃金原始が、この許容範囲内にない会社は、全て50年以内に消滅しているということが調査によってわかっているからです(ただし、40%±2%という数値は時代によって変動する)。
このラッカープランを用いると、昇給総額も簡単に決定できます。その昇給総額を社員にどのように分配するかを決めるものが人事評価制度なのです。その決定は、誰かの恣意によって決めるものではなく、ルールによって機械的に決められることが大切です。それが「公平な賃金制度」と呼ばれています。
(4)賃金水準
賃金水準の決定には、過去、多大な問題がありました。賃金制度策定を「東京のコンサルタント」に依頼したら、現行よりも30%も高い賃金になって使い物にならなかった」というのは、30年も前から、いまに続いています。
理由は明らかです。その理由とは、人事制度の開発者である楠田丘氏が、「賃金制度は標準生計費をもとにして構築する」としているからです。これは都市部には当てはまっても、地方には当てはまりません。
たとえば、熊本県では標準生計費は下図のようになっています。熊本県男子の平均賃金は、標準生計費に届かず、48歳で8万円ほど低くなっています。これでは標準的な生活が出来ないので、普通は配偶者がパートで8万円稼いでおられます。したがって、標準生計費をもとに賃金制度を策定すると、現高賃金の3割増しになってしまうのです。
図6 標準生計費と熊本県男子平均賃金
では、どうすればよいか? それは地方の状況を把握することができるコンサルタントを使うしかありません。決して、東京のコンサルタントさんが地方の状況を把握できないわけではありません。
当たり前のことですが、社員の賃金を決めるわけですから、それだけの責任感がなければなりません。いくら、楠田丘氏のマニュアルが優れているからといって、標準生計費の水準も調べずに賃金制度を構築するのは無責任だということです。
しかし、地方のコンサルタントさんがいいかというとそうでもありません。地方にいても地方の状況をつかめないコンサルタントさんも多々おります。困ったことに、どこかで仕入れてきた年齢給表と職能給表をコピーして、あちこちの企業に売りさばいてている人がいました。その人は中小企業診断士でした。
(5)職能給型賃金制度
以下の図は、当社で作成した700人規模の会社の職能給型賃金制度です。賃金制度策定の手順は、
①人事処遇診断
②現高賃金の分析
③年齢給の構築
④サラリースケール
⑤段階号俸表
⑥モデル賃金表
⑦適合性診断
⑧移行検討表
⑨昇給計算
ですが、④⑦⑧の段階では、数十回(場合によっては数百回)の趣味レーションが必要です。そのためコンピュータプログラムが使えないコンサルタント会社は、Excelを用いて、このプロセスを行うので、賃金制度を策定するので、半年~1年の時間をかけて行っています。
当社では、私が学生時代に作成したコンピュータプログラムを使っていますので、1000人規模の会社の職能給システムならば、3日で完成させることができます。
図7 職能給による賃金制度
(6)成果主義賃金制度(ブロード・バンド型賃金制度)
これまでは職能給が賃金制度の主流をなしてきました。しかし、これは日本だけの話で外国では、職種給や職務給が大勢を占めています。
日本企業の海外進出や外国人労働者の増加によって、賃金制度は、いま世界で最も広く用いられているバンド型賃金制度、それを日本流にアレンジした、ブロードバンド型賃金制度が用いられるようになりました。職能給と比較すると、構築は超簡単です。ここでは、ここではブロードバンド賃金制度の概要のみを記しておきます。
1)バンド型賃金制度は次のように定義されます。
①社内の職務に応じて形成される複数のバンド(賃金幅)からなる構造をもつ。 ②各バンドは、中央値から、均等な比率の位置に、最大値と最小値をもつ。 ③個人の賃金は、最大値と最小値の範囲内で変動する。 |
2) バンド型賃金制度を導入する理由
①職能給の能力評価では、真の公平は実現できない ②定期昇給を廃止して、評価により適正な格差をつけたい ③職能給よりも、会社の競争力を高める制度に変更したい |
3) 日本型賃金制度とバンド型賃金制度の比較
日本型賃金制度(職能給など) | バンド型賃金制度 |
・年功序列を「ある程度」容認している ・毎年少しずつ定期昇給がある ・評価による大きな格差がない ・減給はほとんどない ・集団主義で、意欲を起こすことを軽視 |
・年功序列はほとんどゼロ ・昇給は会社業績に応じて実施 ・評価により大きな格差がつく ・減給も一定のルールで実施 ・意欲を起こすことを重視 |
4) ブロード・バンド型賃金制度の運用方法
①バンドとレンジ位置で賃金を決定する。 ②昇給は人事評価と現在位置するレンジ位置によって決定される。 ③昇給だけでなく、減給(そして降格)も定められている。 |
図8 ブロードバンド型賃金制度